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騎士団の子達の戸惑いを感じる。
無理もない、自分達が守ろうと、守っていた国民が私達に牙を剥き、更に自分達が守るべき相手に剣を向けなくてはならないのだから。
私はそんな彼らに守るべき相手を殺す作戦を伝えなくてはならない。彼らにとってとても酷な命令である事は分かっているし、きっと戦いを放棄する者も出るだろう。彼らを苦しめる事を私は言わなくてはならない。


「そんなに悩む事ではありません」


カチャリ、と目の前に紅茶の入ったカップが置かれた。ふわり、と漂う甘い香りが荒立つ私の心を僅かながら納めてくれた。


「エスプ、」


聖職者であり、騎士でもある"幸福の名を背負う男"。彼はただ穏やかに微笑んでいた。


「私達が今から行う事は、背徳者に裁きを与える為の、聖戦ではありませんか」


私の隣で彼は、エスプは言った。
全てを愛し、全てを受け入れる彼は、神を受け入れぬ者にはその愛を持って神の御元へとその者を送る存在。彼には迷いなどない、同じ国の民であっても彼にとっては背徳者、躊躇なく葬るのだろう。


「皆、君のように確固たる意思は持っていないんだよ」

「私の意思ではありません、神の御意思です」


何故躊躇なさるのか、と彼は不思議そうに首を傾げている。彼の盲信的な神への信仰、皆理解出来ず苦笑するだけのそれの理由を、私は知っている。


「皆、君の信じる神を信仰していないんだよ」

「信じなければ救われません」

「君の信じる神は、君だけの神なんだよ。エスペランザ、分かっているだろう?」

「………」


彼は困ったように微笑む。戸惑い、微かな諦め、彼はふぅと溜息をつく。そんな時、首にかけた十字架を握り神へ、否、"彼女へ"語りかける癖はいつ無くなるのだろうか。


「あの子はきっと、望んでいない。戦争を嫌い、人が傷つく事に涙し、平和を望んだあの子は望んでいない」

「…………」

「この戦いは同じ国の民が争う事になる、君が同胞を殺めるのを見たらあの子はきっと悲しむ」

「………」

「彼らにも歯向かう理由はあるんだ。私もなるべく、投降させ捕らえる形で作戦を」

「義父さん」


ピシャリ、と彼が私の言葉を遮った。





「将来まで誓った俺の大切な人を殺し、貴方の大切な娘を殺したのは"同胞"でしょう?」





いつの間にか、十字架は紅茶と共に机の上に置かれていた。
先程までの穏やかな表情などそこには無かった。荒々しく、自嘲的に笑うエスペランザ。そこには神父と呼ばれる彼の姿は無い。


「あぁ、だからと言って自分の国の人間が憎い訳ではありませんよ?俺が憎いのは"戦争を起こしているこの二国"ですから」

「元々山賊やって、生きる為にどっちの国の人間も殺してた俺には"どちらの国の人間を殺そうが同じ事"ですからね」

「まぁ、俺自身が"どちらの国の人間でもある"ので。どちらが勝とうが知った事でもありませんし、どちらも潰れればいいとさえ思いますよ」


降り注ぐ雨の如く、彼は次々に言葉を発した。これが"本当の彼"なのだ。
端端に見える苛立ち、一体どれだけ我慢していたのだろうか。彼は全てを自嘲している。両国の血が流れる彼を、山賊であった彼を、大切な人を守れなかった彼を、ただただ自嘲している。本当に憎いのは自身だと、私には分かっている。


「でも、ねぇ、義父さん。俺は彼女が愛した国を守りたいですよ。だから俺は同胞であってもこの国を害するやつは殺します」
「エスペランザ、」

「神父が愛を平等に与えるなら、俺は死を平等に与えますよ」


ただ虚に、彼は笑った。


――――明日、戦いは始まる。

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